大判例

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東京高等裁判所 昭和52年(う)1247号 判決 1977年10月24日

被告人 藤井謙昌

主文

原判決のうち被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役一年二月に処する。

原審における未決勾留日数のうち一二〇日を右の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人片山一光作成名義の控訴趣意書(同補充を含む。)に記載されたとおり(弁護人は、量刑不当の趣旨に帰する旨陳述した。)であるから、これをここに引用し、これに対して、当裁判所は、次のとおり判断する。

所論は、量刑不当を主張し、種々その理由を挙げるが、その中に、原判決は原判示第一事実と第二事実を併合罪と解して処断しているが、右は一罪として処断すべきであるという部分がある。よつて、所論に鑑み、職権をもつて検討すると、原判決は、原判示第一および第二の各所為がそれぞれ傷害罪に当り、両罪は刑法四五条前段の併合罪にあたるものとして刑を加重処断していることが明らかである。しかし、原判決挙示の証拠によつて認められる本件事実関係は、後記認定のとおりであつて、右認定事実によれば、被告人の原判示第一の所為と同第二の所為とは、被害者が同じ山根泰であり、犯行場所は、第一が吉田冷蔵株式会社二階事務室であり、第二が同社三階応接室であつて、極めて近接しており、犯行日時は同じ昭和四九年一一月四日夕方であつて、両犯行の間にはせいぜい数十分の時間的間隔しかなく(原判決を一読すると、両者の間に約一時間の間隔があるようにも解せられるが、関係証拠によれば、約一時間も間隔があるとは認められない。ただし、原判決は、犯行時刻をいずれも「ころ」と判示しているから、原判決が犯行時刻を誤認しているとまではいえない。)、両者の罪質は同じ傷害罪で、犯行の態様も両者が全く異質のものとはいえず、犯行の動機についても、関係証拠によれば、被告人は、第一の犯行のあと、原審相被告人宮坂隆夫らに一旦なだめられたものの、なお興奮が醒めることなく第二の犯行に及んだものであることが認められ、第一の犯行が被告人の単独犯行で、第二の犯行が吉田直紀、宮坂隆夫らとの共同犯行である点も、両所為を別個のものとするきめ手とも考えられない。してみれば、被告人の原判示第一および第二の両所為は包括して一個の傷害罪に当るものと解するのが相当であるから、二個の傷害罪が成立し、両者は刑法四五条前段の併合罪であると認定処断した原判決は、法令の適用を誤つたものであつて、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。原判決のうち被告人に関する部分は破棄を免れない。

なお、所論のうちには、本件犯行は、同一の機会に行なわれたものであつて、本来一罪とすべきものを、検察官が、予断と偏見に基づいて捜査を行ない、被告人を刑事裁判において不利益に陥れ、いわれない罪責を加重する意図をもつて、時を異にする二個の犯行、すなわち併合罪として追起訴したものであつて、公訴権の乱用も甚しいという部分がある。しかし、関係証拠によれば、本件犯行後、被告人らの検挙前および捜査中に吉田直紀を中心としてかなり徹底した証拠湮滅工作が施され、逮捕勾留された被疑者の供述からは真実を把握しにくく、他方、被告人山根泰は頭部に重傷を負つて記憶を喪失した部分があり、捜査が難渋したものであることが認められ、検察官としては、被告人の単独犯行で、比較的真相を掴みやすい二階事務室における所為を先ず起訴し、その後捜査を重ねて追起訴がなされたものであつて、追起訴が二月近く遅れたことはやむをえなかつたものというべきであり、かつ、これを訴因の追加としないで追起訴とした点については、両者を別罪とする考え方も十分なりたち得、それが、法律実務家として到底考え及ばないような非常識なものとは認められないから、本件捜査ないし起訴に当つて検察官が公訴権を乱用したものとは認められない。また、記録を調査しても、所論のように本件捜査が検察官の予断と偏見に基づいて行なわれたことをうかがうべき資料は、これを発見することができない。

よつて、その余の主張に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決中被告人に関する部分を破棄したうえ、同法四〇〇条但書に従い、当裁判所においてさらに自ら次のとおり判決する。

原判決が確定した事実に法令を適用すると、被告人の原判示第一および第二の所為は包括して刑法二〇四条、六〇条、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するところ、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人を処断すべきである。そこで、犯情について考えるに、関係証拠によれば、

(一)、被告人の勤務する吉田冷蔵株式会社(以下吉田冷蔵と略称する。)では、北海道稚内市の福山水産有限会社から水産物を買い入れながら、その買掛金四千数百万円を支払わないため、右福山水産の相談役福島健二および同社の経営者の息子福山国雄こと呉国雄は、昭和四九年八月末上京し、以後吉田冷蔵に日参し、その支払を求め続けたこと、

(二)、吉田冷蔵の実権者であり、会長である吉田直紀は、右支払を免れる手段として、その取引先の<亀>仙台屋商店社長山根泰が水産物代金一、〇〇〇万円(実際の同人の債務は多くとも約七〇〇万円に過ぎない。)を吉田冷蔵に支払わないために、吉田冷蔵は福山水産に買掛金を支払いたくても支払えない旨の口実を設け、「山根が手形を横領した。」「山根に欺された。」などといつて、右福山、呉らの鉾先をそらせようと企てたこと、

(三)、原判示昭和四九年一一月四日吉田直紀は、被告人らに山根泰を吉田冷蔵へ連れて来るよう命じるとともに、集金に来た福山、呉らに「今日は俺の誕生日だ。」といつてウイスキーをすすめ、同日午後三時ころ、被告人らに連れられた山根が到着するや、「山根、俺の誕生日なのに、なんか土産はないのか。」と同人の身体をなで廻しながら嫌味をいい、「これがうちに借金のある山根だ。」と他の者に紹介し、その場に坐つた山根に対し急ピツチでウイスキーをすすめ、同人の酔いを待つたこと、

(四)、その席で、山根が借金支払に関して吉田冷蔵宛てに念書を書くことになつたが、吉田冷蔵側で作成した念書の文言が山根の気に入らず、同人がこれを書き換えようとするや、吉田の期待したとおり山根の口のきき方が飲酒の結果ぞんざいとなつたので、被告人が「態度がでかい。」と申し向け、さらに山根が被告人を蹴つたと因縁をつけ、被告人において、坐つたまま機先を制して手拳で山根の顔面を殴打し、続いてその場にあつたウイスキーのびんを取り上げて山根の頭部めがけて殴りつけ、原判示第一のとおり同人に慢性硬膜下血腫の傷害を負わせたが、吉田冷蔵社長宮坂隆夫らになだめられ、一旦喧嘩はおさまつたこと、

(五)、しかし、このあと、被告人は、なお興奮がさめることなく、「勘弁して下さいよ。」という山根を「この野郎、ふざけやがつて。」といいながら三階応接室へ引つ張りあげ、右応接室内でさらに手拳で同人の顔面を殴打しあとから三階へ上つて来た吉田直紀も、口先では「藤井、やめろよ。俺はとめているんだ。」といいながら、被告人ともども山根を殴打し、床に倒れた山根の胸部、腹部等を二人掛りで靴履きのまま踏みつけたり、蹴つたりして同人を失神させ、原判示第二のとおり加療約一月を要する全身打撲、右第八肋骨骨折の傷害を負わせたこと、

(六)、三階応接室での喧嘩を見ていた呉国雄は、興奮に巻き込まれ、山根の顔面を手拳で殴打したが、後日吉田から、本件犯行はすべて被告人がしたことに口裏を合わせることを提案されて、売掛金を支払つてほしいためこれを承諾したこと(呉国雄が略式命令による罰金刑で処断されたことが、被告人の刑事責任との対比上、所論のいうように不公平であるとは認められない。)、

(七)、三階応接室で、吉田冷蔵社長宮坂隆夫も、山根の腹部を手拳で一回強打したこと、

(八)、本件喧嘩において、山根はまず二階でウイスキーのびんで頭部を強打されており、三階においては多勢に無勢であつて、同人の側から反撃行為がなされたとは認められないこと、

(九)、被告人は、右喧嘩の場では傷害を負つておらず、従つて、山根泰の暴行により傷害を負つたものとは考えられず、被告人が犯行翌日重傷を負つていて、その後入院したのは、恐らく、本件犯行後において吉田直紀からいわゆるやきを入れられたのではないかと推認されること(罪証湮滅工作の一環とも考えられる。)、

(一〇)、本件被害者山根泰に対しては、被害弁償はなされていないこと、被告人は逆に山根の暴行により傷害を負つたと主張して、同人を傷害罪で告訴するなどし、同人に謝罪しようとする気持が見られないこと、

(一一)、被告人は、昭和四一年博徒松葉会上万一家貸元吉田直紀の若衆となり、身体は小さいが、当時「蹴りの藤井」と仇名され、同四七年やくざの組織を離れたとはいうものの、正式に離脱の手続はとつていないこと、

(一二)、被告人は、少年のころ傷害、恐喝、窃盗罪で保護観察に付されるなどしたことはさておくとしても、昭和四四年四月三〇日傷害罪で懲役一年、四年間執行猶予、保護観察に処せられた前科があり、粗暴な性格の持主と思われること、

以上の事実が認められる。

してみると、被告人は、本件において、吉田直紀が福山水産に対する債務の支払を免れるために打つた芝居の中で道具として用いられたに過ぎないものであること、山根泰の口のきき方にも人を怒らせるような点があつたこと、被告人は、父に早く死なれ、幼時家庭的に不遇であつたこと、被告人は、現在母を引き取り扶養していること、現在吉田直紀とはつきあつていないことなどを考慮しても、被告人の刑事責任は重いものといわなければならない。

その他一切の事情を総合して、前記処断刑期の範囲内で被告人を懲役一年二月に処し、原審における未決勾留日数中一二〇日を刑法二一条により右の刑に算入し、原審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 綿引紳郎 石橋浩二 藤野豊)

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